雲出橋から三渡橋まで 伊勢街道の常夜燈を鑑賞するポタリング

街道の常夜燈の役目は…

旅人が暗闇の中、無事に歩くための安全確保と防犯のため。

夜の闇の暗さ…現代ではなかなか想像がつきません。

夜、車で山へ行き、ライトを消してみると、真っ暗です。

だけど、車の中だから安心感があります。

身ひとつで真っ暗な場所を歩け。と言われたら、絶対、怖くて無理!!となります。゚(゚´Д`゚)゚。

江戸、明治、まだ外灯がなかった頃…

常夜燈がその役目をしていました。

あるのとないのとでは安心感が全く違ったと想像します。

史跡でもある常夜燈を見るポタリングしました♪


雲出島貫の常夜燈

雲出川を渡るところにあります。

以前は、街道がもう少し下流にあったので、そちらにあった模様。

「小野古江渡趾」

橋がなかった頃は渡し船で川を渡っていました。

今は雲出橋が架かっています。

橋を渡った先にも常夜燈。


雲出橋南詰常夜燈

こちらは移動立派な常夜燈です。


肥留常夜燈

こちらも少し場所、移動しているようです。


月本追分常夜燈

伊勢街道と奈良街道の分岐点にあります。


旧奈良街道。

道標、今で言う標識があります。


常夜燈の左が津市方面になり、右側が松阪方面になります。

奈良の方から来た旅人は月本追分で伊勢街道に合流します。

不思議な道標を見つけました。


正面に「右からす」と書かれていて…



横をみると…

「一志驛跡」と記されています。

この辺り、鉄道があったのでしょうか??

少し調べてみると…「伊勢電気鉄道」という鉄道があったようです。

しかし…一志驛はないようなのですが…

謎です。゚(゚´Д`゚)゚。

そして…今回、最もすごい!と思ったもの。


小津の一里塚

街道には一里ごと(約4キロ)ごと、一里塚がありました。

日本には、現存する一里塚がいくつかあります。

米原市にある一里塚

画像お借りしました。

画像のように土を山のようにこんもりさせ、木がある状態のことです。

残念ながら、小津は目立たない場所に標識だけです。

しかし、以前には画像のような一里塚が当時あったんだろうなぁ…と想像しました。


小津常夜燈

明治の終わり頃、鉄道が開通しても…

歩いて伊勢へ行く人もまだまだいたようです。

なので、常夜燈は必要不可欠。



三渡橋にやって来ました。

橋を渡ると…


六軒追分の道標があります。



初瀬街道と伊勢街道が合流する地点です。

初瀬街道は奈良の桜井から来る街道。

平坦な道でわりかし楽な街道だったようです。



三渡橋の常夜燈

私のゴールです^ ^


伊勢街道、伊勢方面。

街道らしくカーブしています。

旅人はやっとここまで来たか〜と思ったことでしょう。

私の旅は自転車でのんびり走って、2時間ぐらいでした。








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